不安の抗弁権という法理が存在すること、それが信義則の一場面であること、については異論はないだろう。
存在する法理は明文化が望ましい、という理念に基づいて、今回の改正においても議論の俎上に上っている。
この法理の効果は、契約において引き受けた先履行義務を履行しないことを認めるとものであり、この抗弁を行使すると取引先の倒産を引き起こしかねない。
そのため、要件については種々議論がなされている。
先日、大阪弁護士会の委員会で不安の抗弁権の要件の議論をした際、最後に、「これ任意規定だよね」という指摘がなされた。その瞬間私はかなり混乱した
任意規定だとすると、契約で排除することが可能となる。
契約当事者の衡平のために信義則に基づいて認められた権利が任意規定となる、という意味は何だろう?
契約において、本契約の解釈、履行においては信義則を排除する、という契約条項は有効だろうか?
より限定して、本契約の義務の履行において、不安の抗弁権の主張はしてはならない、という契約条項は有効だろうか?
本契約の義務の履行において、甲は不安の抗弁権の主張はしてはならない、という条項なら?
不安の抗弁権が行使されるのは、相手方の信用状態が悪化している場面であるから、たいていの場合、行使されるのは経済基盤の弱い中小企業だろう。
契約において自己に有利な条項を入れることができるのは、交渉力の強い側である。
任意規定だとして、立場の弱い側が、不安の抗弁権を入れないでくれということは可能だろうか?対等の当事者同士だとしても、このような要求を出すと、契約時から、商品受け取っても支払いができないこともありうる、と言っているようで、よほどの交渉力がないと、こんなことを言っただけで取引相手に逃げられそうな気がする。
任意規定だとしても排除はむつかしいのではないか?
民法改正論点メモ
2014年4月21日月曜日
2014年4月19日土曜日
著しい事情の変更による解除
事情変更が改正議論で生き残っている。
ただし、生き残っている議論では、効果は「解除」のみ。
事情変更の法理が使われる場面では、解除ではなく契約改定の方が有用だろうということに異論は聞かない。
しかし、合意による契約内容の変更ができないときに事情変更によって契約改定を権利として認めるとすると、誰が、どうやって「妥当な」契約内容を決定するのか、という問題が生じる。
そういった事情もあって、今回の改正では契約改定については明文化せず、とりあえず解除のみ明文化する方向となりつつあるようである。
存在する法理なのだから、書かないよりは書いた方がいいだろう、という理由のほかに、事情の変更による解除を権利として認めておけば、解除されるよりは契約改定の方がましと考える当事者が交渉の努力をするのではないか、という期待もあるらしい。
2013年12月5日木曜日
経営者保証に関するガイドラインは民法改正の議論に影響するか?
平成25年12月5日、経営者保証に関するガイドライン研究会により、「経営者保証に関するガイドライン」が公表された。
http://www.zenginkyo.or.jp/news/2013/12/05140000.html
本ガイドラインは、中小企業に対する金融資産を有する金融機関等を対象債権者とし、(1)保証契約の主たる債務者が中小企業 (2)保証人が個人であり、主たる債務者である中小企業の経営者であること (3)主たる債務者と保証人の双方が弁済に誠実であり、財産状況等を適時適切に開示していること (4)主たる債務者及び保証人が反社会的勢力でないこと、といった要件を満たしている場合に適用されると記載されている。
民法改正でも保証のは論点になっており、会社の保証人となる人は経営者に限定してはどうか、ということが議論されている。
このガイドラインは、「経営者」が保証をした場合の保証契約を対象とするものであるから、ガイドラインができたからといって、民法改正において保証が論点から落ちるということはないはずである。相互補完的なもの、と捉えるべきだと思う。
なお、本ガイドラインの適用開始日は、平成26年2月1日で、保証債務の履行前であれば、契約日が平成26年2月1日以前であっても適用される。既に履行がなされた保証債務について遡及的に適用されることはない、とされている。
2013年8月15日木曜日
債権譲渡 対抗要件
民法では、指名債権譲渡の対抗要件は、債務者への通知または債務者の承諾で、通知または承諾に確定日付のある証書によらなければ第三者に対抗することができない、とされている。
確定日付のある証書を作成しても、それが債務者に到達した時点が証明困難であるのに、到達の先後で優劣が決まるということと、債務者をインフォメーションセンターとする制度とされているが、債務者は回答義務を負っていないため、現実には公示機能がないのではないか、というのが改正の理由とされている。
なお、母法であるフランス法では、公務員による送達が前提とされており、到達時の証明ができるようになっていたが、立法時の日本の事情により公務員による送達の制度は作られなかったとのことである。
改正案では、甲案と乙案が提示されている。
甲案は、金銭債権の譲渡については第三者対抗要件として登記を要求し、金銭債権以外の債権の譲渡については、譲渡の事実を証する書面に確定日付を付すことを要求する案である。
債務者に対する権利行使要件としては、登記の内容を証する書面または、確定日付を付した譲渡書面を交付して通知、または、譲渡人から債務者への通知、とされている。
乙案は、債務者の承諾を第三者対抗要件とはしない案である。承諾を強いられる負担がなくなるとの説明がなされている。
さらに別案として、確定日付ある譲渡証書を作成し、その先後で優先関係を決するという案もある。これはドイツ法にならうものであり、現行法で公示機能が不十分であることを踏まえ、債権譲渡について公示することを断念するものと説明されている。
先後関係についての証明が容易であり、すっきりとはしている。難点は、現在いくらかでもある公示機能がまったくなくなることである。
登記と通知の両制度が併存した場合、いずれが優先するのか、という問題が生じる。登記が優先しないと、登記したときに譲渡されているかどうかわからないので登記をする意味がない。しかし、登記が優先するとすると、通知では不安であって意味がない。併存すると登記も通知も使いにくいということになる。
甲案について、道垣内教授は、登記制度を作るのであれば、登記に一元化すべきであり、通知による権利行使要件を残すべきではないと主張される。
これに対し、元請けの一括承諾により、下請けが元請けに対する債権を譲渡するという実務があり、登記に一元化すると登記の手間が煩雑であるとの反論があったが、道垣内教授からは、登記の手間に関してはそれほどの問題ではないとの再反論があった。
いずれにせよ、個人の債権譲渡の登記制度の構築という問題がクリアされなければ、登記せよとのルールは作れない。
登記制度のポイントとしては、オンラインによる登記申請、債権特定のシステム(極度額、担保権)、アクセスの容易さ、が挙げられている。
2013年8月14日水曜日
債権譲渡禁止特約
現行民法では、債権譲渡禁止特約があれば債権の譲渡はできないが、禁止特約は善意の第三者に対抗できない、とされている。
改正提案では、債権譲渡禁止特約があっても、一定の制限があるほか、債権譲渡は有効である、とされている。
一定の制限とは、譲受人が悪意、重過失である場合は、債務者は譲受人に対して履行を拒絶し、譲渡人に対して履行をし、その履行をもって債権の消滅を譲受人に対抗できる、とするものである。
ただし、さらに、一定の事由がある場合には、譲受人が悪意、重過失であっても債務者は特約をもって対抗できない、とされている。
一定の事由とは、債務者が承諾した場合、債務者が履行遅滞にあり催告をしても履行しなかった場合、譲受人が第三者対抗要件を備えた後に譲渡人に破産手続開始等の決定があった場合、譲受人が第三者対抗要件を備えた後に譲渡人の債権者が当該債権を差し押さえた場合、とされている。
現行法に比べてかなり複雑である。
この改正案に対して、石田教授は、
①ルールの構造が複雑で理解が難しい、
②弁済の相手方を固定するということだけでよいのか、
③相手方固定の利益は、履行遅滞にあってもなくても変わらない、むしろ遅滞のときに相手方を固定する利益があるのではないか、と批判される。
また、道垣内教授は、改正案は最高裁判決の延長線上にある、としつつ、この提案は本当に中小企業の金融の円滑化に資するのか、民法343条は譲渡できないものは質権の目的とならないとしているが、この規定も併せて議論をすべきではないのか、との意見を出された。
道垣内教授が、中小企業の金融の円滑化に資するのか、との疑問を提示された理由は、債権譲渡を有効として扱うと中小企業が取引先の大企業に対する禁止特約のついた債権を担保にして金融機関から融資を受けられるとの説明に対し、事実上、譲渡したら契約を打ちきると言われていたら、譲渡できないのではないか、とのことだった。なおこれに対しては、ご自身で、「むやみに禁止する特約の有効性」という論点にはなる、とも仰っていた。
中小企業の金融の円滑化ということに対しては、むしろ、現在は担保にできない禁止特約のついた取引先に対する債権まで、銀行から追加担保として提供するよう要求されるのではないか、ということが以前から言われていたが、最近ではこういう意見は聞かない。物事にはメリットもあればデメリットもあるから、言っても仕方がないのだろう。弊害が多く出ればそれからまた考えればよいことなのかもしれない。
石田教授は、構造が複雑と批判された後、法律は基本的な考え方を示すにとどめるべき、悪意、重過失者に対して対抗できなくなるとする規定にするとしても、承諾は解釈でわかるから書く必要はないし、破産手続等開始決定、差押えも規定は不要ではないか、との提案をされた。
この改正提案の基本ラインは大阪弁護士会の提案によっている。議論していたころから、複雑すぎて使い勝手が悪いのではないか、という気がしていたが、複雑すぎる、との声が取り上げられることはなかった。今でも、この改正案に対しては、複雑すぎるのではないか、という感覚が離れない。
2013年7月31日水曜日
売買の瑕疵担保責任
民法(債権法)改正によって瑕疵概念がなくなると言われている。
実際中間試案では、民法565条及び570条の規律(代金減額請求、期間制限に関するものを除く)を改訂する提案がなされており、そこには「瑕疵」という言葉はでてこない。また、「隠れた」という要件もない。
それでは売主は何に対して責任を持つか、というと
「契約の趣旨に適合しないものであるときは」、「目的物の引渡しまたは代替物の引渡しによる履行の追完を請求することができる」とされており、売主が追完しないときは、買主は「代金の減額を請求することができる」とされている。
なお、代金減額の請求をするには、履行の追完をする権利及び契約の解除をする権利を放棄する意思表示と同時にしなければ効力を生じない、とされている。
「隠れた」を要件としない理由は、中間試案の概要によれば、「隠れた」の意味は買主が瑕疵の存在について善意無過失であることを意味するとされてきたが、引き渡された目的物が契約に適合しないにもかかわらず、買主に過失があることによって、救済を一律に否定すべきではないから、とされている。
なお、売買の瑕疵担保責任は法定責任が債務不履行責任か、について道垣内教授は、法定責任説に立つ人は、この中間試案を見ても法定責任だと主張することが可能であろう、とされる。
契約に適合するとはどういうことか。物理的には「種類、品質及び数量が当該契約の趣旨に適合するもの」であり、権利については当該契約の趣旨に適合しない他人の地上権等の負担、法令の制限がないこと、となっている。
「当該契約」とは何か、について道垣内教授は以下の例を挙げられた。
住宅を建築しようとして土地を購入したところ、住宅を建築するには問題がないが、マンションを建築には適さない土壌であることが判明した。「当該契約」は住宅を建築することを目的とした売買であるから、売主は契約に適合した土地を引渡したことになるのか?
これについては、契約の解釈として、将来もマンション等大型の建築物を建てるつもりはなく、住宅が問題なく建築できればよいという売買なのか、将来マンション業者に転売することもありうるとした売買だったのか、によって結論が違うだろう、とのことだった。
内田貴先生は、代金減額と追完、損害賠償が両立しない理由として、以下の例を挙げられた。
骨董品の机を購入したら、脚にひびが入っていることがわかり、重いものを載せられないことがわかった。この状態で10万円は高いが、5万円なら妥当と考え、5万円の減額を求めた。この場合、「脚にひびが入った机」の妥当な価格を5万円と考えて処理したのだから、5万円を受け取った後修理や追完の請求をするのはおかしい。
なお、代金減額請求権は形成権だとされている。
これを形成権とすることについては、買主が価格5万円が妥当だと思ったが客観的には価格6万円が妥当だったとき、5万円の減額請求の意思表示で形成される権利は何か、との指摘がなされている。
また、大阪弁護士会からは、追完請求と減額請求の選択的な請求を封じられるのはなぜかとの疑問がだされている。
2013年7月30日火曜日
請負 仕事が完成しなかった場合の報酬請求権・費用償還請求権について
請負とは一方が仕事の完成を約束し、相手方はその結果に対して報酬を支払うことを約する契約である(民法632)。だから、原則として仕事が完成しなければ報酬の請求はできない。ただし、注文者に帰責事由があって履行不能となった場合には、請負人は残債務を免れ、請負代金を請求することができる(民法536条2項)。また、仕事を完成していなくても、仕事の成果が可分であり、その成果を受け取ることが注文者にとって利益がある場合には、請負人は既にした仕事の報酬を請求することができるとするのが判例法理だとされている。
中間試案では、仕事が可分であり、受け取ることが注文者にとって利益がある場合には既にした仕事の報酬を受け取ることができるという判例法理を明文化するとの提案がなされている。
これについては異論はないと思われる。
しかし、中間試案はこれにとどまらず、仕事が完成しなかった理由が、「請負人が仕事を完成することができなくなったことが、請負人が仕事を完成するために必要な行為を注文者がしなかったことによるものであるとき」にも請負人は既にした仕事の報酬を受取ることができる、とされている。仕事が可分でもなく、受け取ることが注文者の利益にならない場合であっても、既にした仕事の報酬の請求ができる、というのがその提案である。
日本語の語感として、「しなかったことによるもの」と言うのが、「できるけれどしなかった」という意味に聞こえるため、一読すると問題がなさそうに思える。
しかし、中間試案の概要を読めば、この規定は、注文者の帰責性を問わず、既にした仕事の報酬の請求権を認める規定とされている。例としては、注文者が材料を提供することや、目的物を適切に保存することなど、とされている。
つまり、契約において注文者が材料を調達する、となっている場合に、地震が起きて注文者が材料の調達ができなくなり、請負人が仕事を完成できなくなったら、注文者はそこまでの仕事の報酬を支払い、価値のない未完成品を受け取らなければならない、建築中に地震が起きて建てかけの建物が壊れて完成ができなくなた場合に、注文者がそこまでの報酬を払わなければならない、ということである。
請負契約では仕事の完成を約しているのに、なぜ注文者は未完成の価値のない仕事に報酬を払わないといけないといけないのか、ということに対して、中間試案概要では、不能の原因が注文者の支配領域で起きたから、とされている。
しかし、これでは請負というより、雇用に近いのではないか?
これに対し、請負とは仕事の完成を約束し、完成して初めて報酬が請求できるものであるということから考えると、請負人は、不可抗力で材料が調達できないリスクも引き受けているのではないか、注文者に帰責事由なく完成できなくなったのであれば、報酬の請求は認められないのではないか、という考え方もある。大阪弁護士会の意見はこちらである。
大阪弁護士会を含む後者の意見の方が現在の請負の法理と連続性があるのではないか。いずれが危険を負担するかは立法で決めたらそうなるのであるとしても、危険を負担するものを逆転させるような立法は、蓄積された判例法理を明文化するという改正の目的からさらにもう一歩踏み出してしまっているように思われる。
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